来月から
9月後半から11月まで夜の七戸町はゴーストタウンと化しております。
夜のアラカルトかなり縮小しておりますが、来月からまた充実させます。
12月前半は牛肉祭りになりそうだ。
タルタルステーキ、カルネサラータ、パストラミ、グリル、ミートソース・・・・。
かなり時代遅れな感じではあるけれど、シャリアピンステーキとかやろうかな。
あとコンソメひいたりとか。
クリームシチューもいいですね。
生ハムも何気に塩漬け開始してます。来月からカビづけ熟成させます。
あ、ブログ見て来店する方、なるべく予約したほうがいいですよ。1週間くらい前に。
自分で言うのもなんだけど、ランチセットのパスタは精度にムラがある。昔に比べてだいぶマシになったけど。
夜のアラカルトかなり縮小しておりますが、来月からまた充実させます。
12月前半は牛肉祭りになりそうだ。
タルタルステーキ、カルネサラータ、パストラミ、グリル、ミートソース・・・・。
かなり時代遅れな感じではあるけれど、シャリアピンステーキとかやろうかな。
あとコンソメひいたりとか。
クリームシチューもいいですね。
生ハムも何気に塩漬け開始してます。来月からカビづけ熟成させます。
あ、ブログ見て来店する方、なるべく予約したほうがいいですよ。1週間くらい前に。
自分で言うのもなんだけど、ランチセットのパスタは精度にムラがある。昔に比べてだいぶマシになったけど。
臨時休業
11月23日(月)は祝日のため営業いたします。
11月27日(金)は臨時休業いたします。
お間違えのないようよろしくお願いいたします。
11月27日(金)は臨時休業いたします。
お間違えのないようよろしくお願いいたします。
思い入れ
料理人をはじめ、ものづくりをする人は自分の作ったものに対する思い入れがすごく強いものです。時には他人から見れば欠点でさえも良しとしてしまう。
親の子に対する愛情や恋愛にも通じるこの盲目性をいかに排除して客観的にモノづくりができるのか。課題です。
YANDEMO語録
「自分がされて嫌なことは人にしてはいけない。自分がされて嬉しかったことは人も喜ぶとは限らない。」
(銀河英雄伝説名言集)
後退すべきときに後退を決断できる能力も、名将の資格であった。
親の子に対する愛情や恋愛にも通じるこの盲目性をいかに排除して客観的にモノづくりができるのか。課題です。
YANDEMO語録
「自分がされて嫌なことは人にしてはいけない。自分がされて嬉しかったことは人も喜ぶとは限らない。」
(銀河英雄伝説名言集)
後退すべきときに後退を決断できる能力も、名将の資格であった。
少量多皿構成について
ここ数年、日本の懐石料理の影響だったり、いろんなものを少しずつ食べたいという女性のニーズに答えてということで、フランス料理やイタリア料理といった西洋料理の世界で少量多皿構成のコースを出すお店が増えています。
実際、自分で食べてみて感じたことなのですが、
日本の懐石料理を食べた場合、食事終了後、料理の印象がそれなりに心に残っています。
しかし、西洋料理における少量多皿構成のコースを食べた後、料理の印象はほとんど心に残らないのです。
べつに美味しくないというわけではないし、それなりに考えられた味だということはわかるのですが、全く「思い出にならない」。
恵比寿の「ジョエル・ロビュション」や青山の「ピエール・ガニュエール」で食事をしてもコース料理の印象というのはほとんど残っていません。そのかわりアラカルトの印象は残っています。「キャビアとカリフラワー」とか「オマールのフリカッセ」とか。
思うに西洋料理ってやつはある程度の量(種類ではなく)を食べるというのも、美味しさのファクターではないのでしょうか。
これは、まだ仮設の段階なのですが、少量多皿の料理ってやつはフォーク・ナイフではなく箸で食べるための料理ではないかと思っています。
過去に自分で一度試したことなのですが、100gの焼き魚を箸で食べる場合と、フォークで食べる場合、箸で食べるほうが時間がかかるし、満腹感があります。付けくわえると噛む回数も多いような気がします。つまり、箸のほうが少量でより深く味わえるのではないか、と。
箸を使わずに少量多皿構成の料理を作る場合、ものすごく精度の高い技術力と作曲家や小説家のような構成力が必要になると思います。それを毎日かつ、コンディションの日々変化する食材で、不特定多数の人に提供するっていうのは神経がものすごく磨り減るし、続かないんじゃないかな。考える人と実行する人が別で、且つメニューを一定期間固定ならばできるかもしれないけど。

画像は
「天日干しパスタ アフェルトラのスパゲット 自家製アンチョビ入りトマト和え」
まだまだ改善点はありますが、オーソドックスな料理を隙なく作れるようになりたいものです。
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(銀河英雄伝説名言集)
私は権力を持った人たちに、つねに問いかけてゆきたいのです。あなたたちは何処にいるのか、兵士たちを死地に送りこんで、あなたたちは何処で何をしているのか、と
実際、自分で食べてみて感じたことなのですが、
日本の懐石料理を食べた場合、食事終了後、料理の印象がそれなりに心に残っています。
しかし、西洋料理における少量多皿構成のコースを食べた後、料理の印象はほとんど心に残らないのです。
べつに美味しくないというわけではないし、それなりに考えられた味だということはわかるのですが、全く「思い出にならない」。
恵比寿の「ジョエル・ロビュション」や青山の「ピエール・ガニュエール」で食事をしてもコース料理の印象というのはほとんど残っていません。そのかわりアラカルトの印象は残っています。「キャビアとカリフラワー」とか「オマールのフリカッセ」とか。
思うに西洋料理ってやつはある程度の量(種類ではなく)を食べるというのも、美味しさのファクターではないのでしょうか。
これは、まだ仮設の段階なのですが、少量多皿の料理ってやつはフォーク・ナイフではなく箸で食べるための料理ではないかと思っています。
過去に自分で一度試したことなのですが、100gの焼き魚を箸で食べる場合と、フォークで食べる場合、箸で食べるほうが時間がかかるし、満腹感があります。付けくわえると噛む回数も多いような気がします。つまり、箸のほうが少量でより深く味わえるのではないか、と。
箸を使わずに少量多皿構成の料理を作る場合、ものすごく精度の高い技術力と作曲家や小説家のような構成力が必要になると思います。それを毎日かつ、コンディションの日々変化する食材で、不特定多数の人に提供するっていうのは神経がものすごく磨り減るし、続かないんじゃないかな。考える人と実行する人が別で、且つメニューを一定期間固定ならばできるかもしれないけど。

画像は
「天日干しパスタ アフェルトラのスパゲット 自家製アンチョビ入りトマト和え」
まだまだ改善点はありますが、オーソドックスな料理を隙なく作れるようになりたいものです。
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(銀河英雄伝説名言集)
私は権力を持った人たちに、つねに問いかけてゆきたいのです。あなたたちは何処にいるのか、兵士たちを死地に送りこんで、あなたたちは何処で何をしているのか、と




